食品安全文化を醸成するために 組織の変容を促す方法

 食品の安全性は当たり前のものではない。食品の製造過程には、菌やウイルスによる汚染、アレルギー物質、金属片の混入といった多様なハザードが存在する。食品の安全性は科学的根拠に基づく検査や管理に加え、現場で働く従業員による衛生管理や作業手順の遵守によって支えられているのである。そのため、不適切な衛生管理、手順の省略や誤操作といったヒューマンエラーは、時に重大な食品事故を引き起こす。

 食品事故の発生を防ぐためには、食品企業で働く全ての従業員が食品安全の重要性の認識を共有し、組織全体で食品安全の実現のための取り組みを実践する食品安全文化の醸成が不可欠である。

 そこで、食品企業内で食品安全文化を醸成するために、従業員に対しどのように働きかければ良いかについて、行動変容ステージモデルから考察することにする。

 行動変容ステージモデルは、禁煙の研究から始まった考え方で、ヘルスコミュニケーションなどの分野で用いられている。このモデルでは、人が行動を変えるには、無関心期・感心期・準備期・実行期・維持期の五つのステージを経由すると考える。すなわち、無関心期は、行動を変える必要が無いと思っているステージ。感心期は、いずれは行動を変える必要があると認識しているステージ。準備期は、取り組むべき課題を明確にし、実践に向けて準備をするステージ。実行期は、設定した課題に対して行動を実践してるステージ。維持期は、行動が継続され、再び以前の状態に戻らないようにするステージである。  

 このモデルでは、行動を変容させるためには、一気に行動変容を求めるのではなく、対象者のステージに合わせて意識や態度、行動を一歩ずつ変容させていくこと重要性を指摘してる。

 つまり、従業員が食品安全の重要性を認識していない無関心期に、食品衛生教育を実施しても、受け身での受講になりがちで効果も小さくなる。従業員がやらされ感があると、教えられたことに対して反発をし、かえって逆効果になることもある。無関心期には、食品安全の重要性を自分事として認識してもらうことに注力すべきであろう。食品安全の重要性を認識し、感心期に移ると、具体的な実践のための情報を求めるようになり、食品衛生教育やセミナー研修などの効果も大きくなると考えられる。具体的な行動のための準備や計画を立て始める準備期に入ると、継続可能性を高めるために無理なく続けられそうな目標を立てることが必要である。また、その目標が確実に実行されるために、整理、整頓、清掃、洗浄、殺菌などの方法や作業手順を定め、マニュアルやチェックリストを作成することも肝要である。

 マニュアルやチェックリストを遵守され、組織全体で食品安全の実現のための取り組みが実践されている実行期には、良い事例を共有するなど、モチベーションの維持と習慣化を促すことが求められる。維持期には、やりっぱなしにならないように、継続のためのサポートが重要になる。時間の経過とともに現場の状況は変化するため、定期的にマニュアルやチェック項目を見直し、以前の状態に戻らないための改善を続けていくことが必要である。

【略歴】

名前:石田 貴士 (いしだ たかし)

中京大学経済学部講師

専門分野:食料経済学

最終学歴:大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了 博士(経営学)

西暦生年:1982年

【中京大学】(写真)経済学部_石田貴士先生.jpg

2025/10/22

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